紀伊大島を舞台にした映画”海難1890″を観てきました


12/13 日曜日、椿の地磯で釣りをしていると妻から電話。
「映画観に行きたい」とのこと。

この日は田辺のBIG・Uで和歌山大学によるイベントが開かれていて、妻と子は
参加していたのですが、ここで映画の話や当時の歴史の話を詳しくを聞き興味を持ったということでした。

釣り後、温泉入り帰り支度をして、南紀田辺IC近くにある映画館へ。ジストシネマ。
僕らが観るのは17時25分からの上映です。
チビさん2人いるので気を使いますが、割と空いていました。

日本・トルコ合作映画 海難1890 公式サイト

この映画の元になった事実については、このブログをご覧の方ならご存知の方も多いかと思います。
串本大島の樫野崎灯台のそばには、エルトゥールル号殉難将士慰霊碑とトルコ記念館が経っています。

簡単に説明しますと、1890年(明治23)年の9月オスマン帝国(一部が現在のトルコ)の船が台風の強風にあおられ、樫野崎の沖で岩礁に激突して沈没しました。
600人以上海に投げ出されました。
樫野の住民たちが総出で救助・介助にあたり69名が助かりました。
このとき、樫野の住民たちは台風で漁に出られず、自ら食べるのにも困っていたのにも関わらず、食料や衣類などを供与して懸命にトルコ人の船員を救護しました。

時を経て、95年後の1985年のイラン・イラク戦争。
イラクのサダム・フセインによる航空機無差別攻撃の通告が下されます。
各国の住民は大混乱の中イランから避難します。
しかし、日本は、当時の自衛隊法による自衛隊海外派遣不可のために、イランにいる日本人を救助することができません。
日本は日本人を救出できなかったのです。
窮地の中で日本のイラン駐在大使は、トルコに助けを求めます。
このときに、トルコは日本人の救出のため救助機を出したのです。
そして、イランにいるトルコの方々は日本人を優先して救助機にのせました。

上記の事実を映画化したものです。
映画なので脚色はされており、妻が和大の先生に聞いてきたところによると少し異なる事情もあるようです。

この事実についての動画ありました。↓

下記にもう少しだけ詳しくあります。
ウィキペディア トルコ記念館について
ウィキペディア エルトゥールル号遭難事件

エルトゥールル号事件にはじまるトルコと串本町の友好 

チビ二人をなだめながらなんとか最後まで映画を観ることができました。
話が進むにつれ、妻は号泣。
あちこちで鼻をすする声が・・・
僕も目頭が熱くなってきて涙がこぼれそうでした。
長男の様子を見ていると感動していたようでした。
次男ははじめての大きな映画館で怖かったそうです。

正直、映画の演出などは少し臭いというか、映画のためにとってつけたような感じを受けてしまいました。
しかし、大まかにはこれが事実に基づいている奇跡のストーリーだと思うと感動せずにはいられませんでした。

恥ずかしながらイラン・テヘランでの奇跡の出来事については知りませんでした。
どこまで脚色なのかわかりませんが、
この映画の空港で繰り広げられたトルコ人による勇気ある行動は本当のことらしいです。
日本人のために道をあけるところも。

大島の住民の方も出演されているようで、
このブログをご覧の方ならよくご存じの大島の海や磯の風景もたくさん出てきます。
こういう歴史があったのかと思いながら磯に渡ると、なにか感慨深いもの感じられるかもしれませんね。

現在のきな臭くなっている世界情勢の中で多くの人に観られるといいなと思う映画でした。

映画館を出てから田辺のよし平さんで食事。
PC130824

150gのヒレカツですが、ちょっと僕にはヘビーでした。
肉はもう少し薄くてもいいのでジューシーなのがいいかも。
妻子はガツガツ食べて気に入ったようです。
ご飯、味噌汁、漬物、キャベツがおかわり自由です。
店の雰囲気も和風な感じで良くて、サービスも良かったです。
妻が娘のおしめを替える場所に困っていたところすぐに気づいた女性スタッフが2階の使ってない部屋を案内してくれたということでした。

さて、釣りの件に関しては悲しい結果なのでまた後程簡単に。