もう一人の子

僕には3人の子供がいますが、
もう一人、自分の子のように思っている子がいます。
(隠し子とかじゃないです。以後、T君と呼びます。)
事情があり、T君が産まれてからすぐに6年ほど一緒に暮らしました。
半分、父親のようなことをしてました。
毎日のようにお風呂に入れたり、保育園の行事に父兄として参加したりもよくしてました。

大人側の事情で6年前から別々に暮らすことになりました。
本当に、産まれた時から自分の子のように思っていたので、離れるのはとても寂しかった。
出来ることならそのまま親として育てたかった。
今後のことも心配だったのですが「T君のためにはそれがいいんだから」と自分に言い聞かせました。

3年前からはさらに大人側の事情で音信不通になってしまい、全く会うこともできなくなってしまいました。
T君、小学3年生の時です。

僕の方も和歌山へ引っ越すことになり、事務所を開いたり、二人の子どもが生まれたりと
この3年間は、仕事と日々の暮らしの出来事に追われ、T君のことを想う時間も少なくなっていきました。

再び、T君の存在が大きくなったのは、
妻の問いかけがきっかけでした。

「(僕にとって)誰が最初の子どもって感覚なの?」

T君は現在は、12歳になっていて小学校6年生です。

3月、間もなく卒業を迎える。

どうしてるんだろう。

問題なく過ごしているだろうか。

突然、会えなくなったことを悪く思っていないだろうか。

考えだすと、T君への想いが溢れてきました。

会いたい。

気持ちを伝えたい。

妻に相談すると、

「子供にとって、そう想ってくれている大人がいるというだけでも違うと思うよ」

「想いは伝えないと、なかったことになるよ。」

しかし、その子の保護者には連絡をとることができません。
連絡をとると、会ってくれるなと言われかねません。

直接、会おう。

通っている小学校はわかっています。
下校時に待ち伏せすることにしました。

調べてみると、3/18が卒業式でした。
まさか、卒業式の日に会いに行くことはできません。
となると、タイミングは卒業式の前日しかない!
3/17、つまりその日が昨日でした。

恐らく、卒業式の前日なので給食を食べて1時間くらいで帰るはず。
お昼の12時半ごろ、学校近くに到着しました。
このご時世、不審者と間違われないよう注意を払わなければなりません。
学校から200mくらいはなれた川の堤防沿いに車をとめ、学校から出てくるのを待ちました。

13時半頃、黄色い旗を持ったおじさん達が何人か学校近くに待機しだしました。
登下校見守りで、小学生を誘導するシルバーのボランティアの方々です。

むむむ・・・

車から出ていきにくい状況になってしまいました。

そして程なく、学校からワイワイガヤガヤと子供たち声が聞こえ、下校する児童が見えてきました。
たくさんの小学生が二列に並んで歩いてます。
まさかの、全校児童の集団下校でした。

ますます、探しづらいし、声をかけづらいじゃないか。

しかし、今日しかない。

もうすぐ会えると思うと、ドキドキしてきました。

車から出て、近くにいたシルバーの誘導の方へ「こんちは~」とあいさつしました。
父兄と思われているのか、怪しまれていない様子でホッとします。

そして、子供たちの中にいるはずのT君を探します。
10mほどの道を隔てた反対側からです。

6年生なので背の高い子から顔を確かめてみますが、帽子をかぶっていることもありわかりづらい。
それっぽい子を目を凝らして見ます。
怪しまれないように時々、デジカメで河原の景色などを撮ったりします。

一つ目の集団にはいませんでした。

二つ目の集団にもいませんでした。

もしかしたら、転校とかしてないだろうな、と不安がよぎります。

そして三つめの集団。

「あっ」

と言い、僕の方を見て、歩いている集団の中で立ち止まった子がいました。

一瞬、時が止まりました。

僕もすぐに気づきました。

その子は、驚いた表情で固まっていました。
背丈は伸びていてすらっとしています。

昔から呼んでいたようにT君の名を呼び、
手を振って駆け寄りました。

「誰だかわかるか?」

「はい」

「元気やったか?」

「はい」

「明日、卒業式やろ?」

「はい、そうです。」

僕に対して敬語なのが意外でした。
「にーちゃん、にーちゃん」と無邪気に駆け寄ってきていた頃で僕の記憶は止まっていました。
可愛い、愛嬌のある昔の面影も残っていますが、表情には少し凛々しさが出始めていました。
思春期に入りかけているような雰囲気もありました。
たった3年ですが、月日は色んなものを変えてしまうんだなと、思わずにはいられませんでした。

T君は6年生で下級生の面倒を見なければならないようで集団を気にしていたので、
話しづらいのですが、歩きながら話をすることにしました。

「急に会えなくなってごめんな」

途中で買った、卒業祝いのペンと、図書カードを手渡しました。
僕の名刺と電話番号も添えて。

「携帯電話持ってるんか?」

「うん、持ってる」

「何か相談したいことや、困ったことがあったら、いつでも電話かけてな」

「うん、わかった。」

「もう少し大きくなったらうちにも遊びにこれるやろ」

「うん」

「会えなくてもTのことは、自分の息子か、弟みたいに思っているからな」

「うん」

僕が一方的に質問していただけで、T君は「はい」「うん」と答えるだけでしたが、
僕の顔をちらちらと見て、少し笑顔も見せてくれました。

交通量の多い交差点の近くまで来てこれ以上話しながら歩くのは危険にも思いましたので別れました。
わずか3分くらいでした。

別れた後、T君の番号かメールアドレスを聞いておくべきだ、と思ったので、あわてて追いかけましたが、もういませんでした。
昔から、何か辛いことを我慢する癖というか、素直に表現しないタイプでした。
番号を教えても自分からはかけてこないように思います。
中学に入り、多感な時期に入り、会うこともますます難しくなりそうです。

驚かせてしまったけど、うまく伝わっただろうか。
たとえわずかな時間でも会えて良かったと思う反面、
次にいつ会えるのかわからない、と思うと寂しくなります。

思えば、こうした想いを子供に伝えたのは初めてのように思います。
その後は、墓参りに行って今日の事を報告し帰りました。

いつか僕の家に遊びに来たり、一緒に釣りにでもいけるようになれれば、と願っています。

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投稿者: おき

おき、といいます。1972年生まれ、和歌山県橋本市在住。 自営業です。 フカセ釣り、グレ釣り、をみなべ~白浜周辺の沖磯、地磯でやってます。 経験も浅く腕はありません。 釣りを通じてみなさんとの交流できたらと思いブログをしています。

「もう一人の子」への6件のフィードバック

  1. 将来に、思いは、きっと伝わると、思います。
    今は、多感な時期で難しいかもしれませんが。

    1. 酔っ払いさんありがとうございます。

      前にメールいただいておりましたよね。
      大変失礼いたしました。

      1. 以前メールさせていただきました!
        今後も楽しみ拝見させていただきます。

  2. いつも更新を楽しみにしている釣り人です。
    このブログはかなり前に見つけてからずっと拝見させて頂いております。
    いつもコメントなどを入れずに見させていただいているのですが、今回は本当に心が打たれました。
    いろいろな事情があり、具体的にはかけないと思いますが、
    大体のことはわかります。
    どんな事情があっても血のつながらない子をわが子同様に可愛がる事は普通できません。
    それをこれほど思ってあげれる事ができるのは本当に素晴らしいことです。
    その子は必ず大人になったら会いにいてくれると思いますよ。一生心に残る人は忘れないですから。
    本当に素晴らしいことです。

  3. カサゴ君さま、こんばんは。
    いつも見て頂いているとのこと、嬉しいです。
    3人子供がいますが、やはり最初の子といわれたら、一番最初に思い浮かびます。
    赤子の時から6年も一緒に暮らすと情がうつります。
    6年間、僕も彼からたくさん喜びをもらい、子育てなんて初めてだったので色々なことを教えてもらいました。
    一緒に風呂に入っていたことなんて、本当に楽しい想い出です。
    迷いましたが、会って良かったと思ってます。

    最近、釣りネタ少なくてすいません~。

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